不変と正義
養老氏が情報は不変である、変わるのは自分であると言った。
まさしくその通りだと思う。
何故、自分は変わらないと思うのかを考えてみた。
時間は連続性を持つものであり、途切れる事がない。その連続性を不変つまり、変わらないと考えるのではないだろうか。つまり、人間は時間の中に自分の存在を確認するので、自分は不変(連続する存在)であると考える。
しかし、養老氏が言う様に昨日の僕と今日の僕が同じ筈はない。
そう考えると僕達は変わることが出来る。反対に言えば安易に変わる事が出来る。
毎日の生活の中、何かに流されて行くのを仕方がないと思ってはいないだろうか?
簡単に嘘をついたり、ごまかしたり、裏切ったりしてはいないだろうか?
その為、自分の中にある正義を忘れてはいないだろうか?
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 一つの視点(2009.11.02)
- 山城さんとばったり(2009.11.01)
- ヒトとロボット(2009.10.29)
- 希望はどこにあるか?(2009.10.27)
- ゴールの見えないチャレンジを!(2009.10.23)


コメント