「やまちゃん死んだで」
今日友達に聞きました。言葉が出ませんでした。
やまちゃんは小学校・中学校の同級生。
再会したのは19歳の夏、僕は浪人生。予備校の帰り、歩いていると前からうっとおしい奴が来る。
パンチパーマに、サングラス、黒に赤いバラの刺繍の入ったシャツ。良く見たらやまちゃん。
「久しぶりやなあ、何しとん?」
それから付き合いが始まった。
やまちゃんは中学校を出て、職業訓練学校に行って、ガス溶接の免許とって働いていたけど、クビになってぶらぶらしていたみたい。
お互いぶらぶらしている同士だったから良く遊んだ。この頃は毎日のようにスナックに行っていた。それもつけで。
やまちゃんはカラオケが好きで、何でも歌った。長渕、尾崎、ウィンク、クリスタルキング、ほんと何でもあり。クリスタルキングの大都会は面白かったなあ。
プロレスと阪神タイガースも大好きだった。阪神が優勝しそうな時は、タイガーマスクのマスクをかぶって、阪神のユニフォームを来て原付で走り回っていた。みんなゲラゲラ笑っていた。
やがて僕が大学に入った。下宿への荷物を積んだ弟の車の前でやまちゃんと弟と一緒に写した写真は今も残っている。
帰省する度に良く遊んだなあ。神戸に来る友達には必ず紹介した。みんな印象が強く一度会ったら忘れられないみたい。
やまちゃんは神戸の遊園地で働いていた。
そして地震。
やまちゃんの家は全壊。ジェットコースターみたいに2階から布団ごと道路に投げ出されたと言っていた。家はなくなり、小学校で避難生活。
このころは自衛隊がたくさんいた。どこで手に入れたのか自衛隊の服とヘルメットを手に入れて原付で走り回っていた。自衛隊がかっこいいと言っていた。
仮設住宅があたって、無事引越し。今まではクーラーがなかったのでついていて嬉しいと言っていた。狭いベランダに犬も飼っていた。あまりにも狭いベランダだったので犬は身動きをとれずいつも北を向いたままで方向転換が出来なかった。おかしかったよなあ。
やがて不景気になり、会社もクビになった。本人にも悪いところはあったけどね。
僕も仕事が忙しくなってあんまり会わなくなった。
「あんまりいい生活してないぞ」噂に聞くようになった。
何かの機会で久しぶりに会った。
「どうしてんねん?」
「なんとか暮らしてる」
僕は友達から噂を聞いていたので、みっちりと怒ってやった。
「ちゃんと働け、嘘はつくな、人に迷惑かけるな。」
今思えばしんどかったんやろうな。何をやってもうまくいかんかったんやろうな。辛かったんやろうな。
なんであの時もっと優しい言葉をかけれなかったのか後悔している。
なんでもし困った事があったら遠慮なく連絡してくれと言えんかったんやろうか。
まさかやまちゃんが死ぬなんて思っても見なかった。俺が死んでもやまちゃんは生き残っていると思っていた。。。。
「今日会うのが最後と思って人と話しなさい」そう教わった事がある。本当にそうだなあ。
もう一緒に牛丼を食べることもない。もう一緒に風呂屋に行くこともない。もう一緒に飲みに行くこともない。
さみしいなあ。
やまちゃん、また会おうな。
本当におつかれさま。
最近のコメント