反応点治療による講習会 in 岐阜

今日は岐阜で開催されました反応点治療による講習会に参加してきました。

久しぶりの岐阜で、舟橋先生をはじめ、サンリ治療院のスタッフの方々とも久しぶりにお会いすることが出来ました。

講演の内容は河村先生の「抹消神経の構造と脊髄反射」及び反応点治療研究会の方の「症例発表」と「シンポジウム:こうして開業した」でした。

詳しくは→ http://blog.livedoor.jp/guputa77/archives/51233617.html

非常に興味深い話ばかりで、考えさせられる内容であり、まだまだ、頑張らねばと考えさせられる有意義な一日でした。

また今日から仕切り直しです。

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忙しい

とにかく忙しく時間がない。ほとんど余裕がありません。

朝から晩まであっと言う間に過ぎて行きます。

こうなると大事だなと思う事は欲張らないことです。

あれも、これもと思うと時間がなくなります。しかしながら忙しい時程、欲張りになりそうです。

時間が無くなって気付いたのは、

「何故継続は力なり」

と言ったのか?

一日の時間には限りがあるからでしょう。連続には限りがあるからです。

当たり前の事ですが、なるほどなあと感じました。

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楽天

配信を停止しても、拒否しても、迷惑メール報告しても、楽天からのメールは引き続き来ます。

どうなっているのでしょうか?

一度買い物をすると死ぬまで離さないつもりでしょうか?

いい方法知っている方教えください。

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グーグルやはり

やはりグーグルがPCに参入すると言いましたね。

次はこれでしょうね。

こうなると本当にPCがただの箱になってしまいかねません。

恐るべしグーグルです、賢い。

マイクロソフトはどうするのでしょうか?

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頭を打たれる

頭を打たれるのは大切です。

のぼせ上がった頭を冷やす為には。

人間はついつい自分が出来ると勘違いをして、客観的に自分を見れなくなってしまいます。そうなれば、間違いを犯します。

僕の場合、毎日が頭を叩かれぱなしです。非常に悔しい思いもします。

しかし、このお陰でどうにかやっていけていると思います。

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ブログ紹介:その男!鍼灸師につき・・・

一緒に練習をしています。

もの凄く才能があります。今必死になっています。

その男!鍼灸師につき・・・

読んでください。 

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はりが上手くなる方法

あまり偉そうな事は言えませんが、やはり練習でしょう。時間を惜しんでの練習でしょう。

今日も少し話をしてましたが、頭で上手くなると思っている人が多いのではないかと思います。ある方法を聞いたら上手くなると考えることです。

もし、それで上手になれるのなら、僕は今頃世界一でしょう。

そして。考えなくては行けないのは結果を見つめる事です。

「練習→何故出来ない→悩む→考える→練習→何故出来ない→悩む→考える・・・

これの繰り返しだと思います。

この時、悩む・考えるが一番抜けている点だと思います。

つまり、悩む為の練習と考えてみてはどうでしょうか?

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義理

「義理」が最近忘れられて来ています。

自分の事だけ考えればいい。そんな発想の結果でしょうか。

自分独りで生きている筈もなく、しかし少し偉くなると忘れてくるのでしょう。

古臭い考えかもしれませんが一番大切なことだと思います。

義理で飯が食えるのか?

当たり前でしょ、食べれるわけないでしょ、だから大切なんでしょ。

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コピペ

コピペが大嫌いです。

なんでもかんでも簡単に出来るのがコピペです。

そこには考える事、悩む事、苦しむ事、工夫する事、分からないという感覚がありません。

コピペ社会になっていると思います。

一番の影響が教育ではないでしょうか?

「教えてもらうと言う発想=コピペ」

ではないかと考えます

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仲間

仲間って何だろう?と考えます。

嫌な事を言えるのが仲間ではないかと思います。

優しい言葉は誰でもかける事が出来ます。

嫌味・厳しい言葉は仲間しか言ってもらえません。

口が悪いので、あまり仲間はいませんが、少しは理解してくれる人がいます。

そういう人はあえて厳しい事を言ってくれます。

ありがたい事です。

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少ない情報で考える

少ない情報で考えると言うことはどういうことか?

ネット社会でたくさんの情報が氾濫しています。なんでも手に入りそうです。

しかし、実際はあほらしいものがたくさんあります。そして、そして検索できる数量には限度があるという事です。

その事を忘れてしまいがちです。

少ない情報で考えるという事は、たくさんの事に応用が出来ます。

しかし見落としがあります。

少ない情報で考えると言う思考方法は深く、深く考えると言う事です。前述のネット社会との矛盾がここに存在します。

答えがそこにあると考えるのが一番の落とし穴だと感じます。

そう言う思考をする人達から見れば、僕の考え方なんてあほみたいなものです。最近つくづく感じさせられます。

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鍼灸 国家試験 問題 第11回

鍼灸国家試験第11回の過去問題やってみました。

結果は

生理12/16 解剖13/19 各論11/20 病理5/7 総論8/12 リハビリ8/8 衛生6/8

経絡経穴6/13 東洋医学概論10/15 東洋医学臨床8/16 鍼理論7/10

灸理論10/10 法規3/4 医療概論2/2

合計 109/158 (69%)

第10回結果は こちら

第9回結果は  こちら

前回よりほとんど同じ。特に勉強もしていないのでこんなのものでしょうか。あまり、国試結果を公表している人もいないと思います。勉強のペースの参考にでもしてください。

さて、過去の国試問題(1回~13回迄)をパソコンで簡単に勉強出来るデータを作りました。

年度別、科目別、按マ指圧・鍼灸別、簡単な正誤表示できるようにしています。USBに入れれば家でも、ネットカフェでも、職場でもパソコンがあれば簡単に使えます。

過去の問題集も買うと高いので、少しは節約できるかなと思います。重い本も持つ必要ないです。何かの役に立てばと思っています。

必要な方に差し上げます。メールで連絡下さい。

今回はあわせて過去の成績を入力できるデータを作りました。ちまちまと入力していけば自分の傾向と変化がわかります。

kotetu11@gmail.com  横幕まで。

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不変と正義

養老氏が情報は不変である、変わるのは自分であると言った。

まさしくその通りだと思う。

何故、自分は変わらないと思うのかを考えてみた。

時間は連続性を持つものであり、途切れる事がない。その連続性を不変つまり、変わらないと考えるのではないだろうか。つまり、人間は時間の中に自分の存在を確認するので、自分は不変(連続する存在)であると考える。

しかし、養老氏が言う様に昨日の僕と今日の僕が同じ筈はない。

そう考えると僕達は変わることが出来る。反対に言えば安易に変わる事が出来る。

毎日の生活の中、何かに流されて行くのを仕方がないと思ってはいないだろうか?

簡単に嘘をついたり、ごまかしたり、裏切ったりしてはいないだろうか?

その為、自分の中にある正義を忘れてはいないだろうか?

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正義とは

じいさんは検事でした。

とても厳しい人でした。一度なんで検事になったのか?を聞いた事があります。

「正義の為」と言ってました。

最近の冤罪事件、捏造事件、植草一秀氏、佐藤優氏。そして総選挙とのリンク。

司法の独立はただの理想なのか?昔から国策捜査はあったのだろう。

国家権力による支配が目に付くようになった。これは昔からあったことだろうが、近年ネットやブログでの警告する人の声が聞こえるようになったからでしょう。

問題はこのネットも管理されるようになる日が来るのではないでしょうか?

「正義」はどこに行ったのでしょうか?

もっと僕たちが賢くならなくてはいけない。

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黒色カートリッジの不思議

僕は白黒しか印刷しないので、先日黒のカートリッジがなくなったので交換しました。

昨日、黄色のカートリッジが無くなったとの表示、同時に印刷が出来なくなりました。

「黄色のカートリッジを交換してください。」

なんで??

設定は全て白黒印刷。

何で黄色がなくなるの?白黒印刷に黄色が必要なのか?

色の三原色は赤・青・黄色だけど、もし黒色を作るのに黄色が必要なら初めから黒色なんて必要ないんじゃないか。

黒色カートリッジ、おまえは何色の為のカートリッジなのか?

黒色のプライドはないのか?

おかしい?

良く見ると他の色も減っている様な気がしてきた。一色だけカートリッジを替えると高くつくので、全色セットを買わなくてはいけない。

うーん納得できないなあ。

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反応点サークル

今日は反応点サークルでした。

1年生も人数が固定してきました。先週より、少しずつ反応点の変化を感じる人も出てきたようです。楽しみです。

2年生は少しづつ丁寧になってきているなあと言う印象です。

3年生は10分でどれだけ早く背中を仕上げることが出来るか?が課題でした。まだまだ修行が必要です。

確実に一つ一つ進めばいいと思います。

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最新の・・・・

ブログや本を読んでいると

「最新の医学に基づいて」とか「最新の科学にもとづいて」とかあります。

ほんまかなと疑いながら、最新のって何だろう?と考えます。

実は「最新の」という言葉はその人にとっての最新と言う事ではないかと思います。

絶対的な最新ではなく、相対的な最新と言う意味になります。

このように考えると誰でも使える言葉でありながら、その内容は大きく異なるのです。

どのレベルで本人が納得したかということなのでしょう。

だから注意が必要です。あんまり勉強していなくても、最新の医学と言えばそれは嘘にはならない訳ですからね。

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頭の中のポケット

頭の中にポケットがあるようなイメージです。

ずっと考えてわからない事があると、頭のポケットに入れておきます。

それが観覧車の様にぐるぐると回って、ある日ポンッと出てくるイメージです。

暫くそこで考えているのでしょうか?

これを知ってから考えるのが楽しくなりました。

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盲点 物の見方

盲点とは網膜上、光が写らない部分の事です。眼球の構造上存在します。

少し突っ込んで考えると盲点は二つあると思います。

  • 本当に見えていない部分
  • 見えていない部分を見えている思っている点

実際に下の絵で試してみましょう。

画面から目を離して、そして右目を手で押さえて閉じてください。

右側の*マークを見ながら、目を近づけて行ってください。

ある時点で左側の@マークの集団が消えるところがあります。これが盲点です。

       @@@                 *

       @@@

実際に体験できましたか?面白いでしょ。

この盲点を考えると、まず最初は@が見えていました。近付くにつれて、@マークが盲点に入って消えました。(盲点1)

その時、@マークの部分は周りと同じ白色になったと思います。盲点なので本来は見えないはずなのですが周りの色と同じになった。つまり、見えていないはずの部分を脳が修正して見えていると勘違いしています。(盲点2)

盲点1と盲点2と言う二つの盲点が存在する事がわかります。

もう一度言います。盲点には二つあります。

  • 本当に見えていない部分
  • 見えていない部分を見えていると思っている点

こう考えると見えない・見えていないとはどういうことか分かります。

そうすれば見逃している事が見えるかも。

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1冊の本でがんばる人

時々近所の図書館に行きます。

ほとんど60歳位の男性が方が勉強室で勉強しています。

恐らく税理士試験かと思います。

いつも机の上に参考書が1冊と定規とペンだけ。

じっと本をにらんで、線を引いて、またにらんでいます。

それを1日中。

すごいなといつも感心しています。

周りを見れば、参考書や問題集が山積みで散らかっている人ばっかり。

きっと頭の中も整理できていないんだろうな、僕と一緒で。

本があふれ、ネットがあって、情報がたくさんあって・・・

これは何かに頼る機会が増える、つまり何かに頼る癖がつくと言う事では無いでしょうか?

この方を見習って最近は同じ本とにらめっこです。

いくらにらんでも何も同じ事しか書いていません。

しかし、じっとにらんでいると別のものが見える時があります。

見方が変わる。

それが楽しいのです。

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型というのは工夫と合理性の結果だと思う。その型にはその人の苦労が現れている。

型を真似しようとしても無駄だと思う。

型を真似するのではなく、何故そうなったかを考えるのが大切。

えてして形ばかりを追い求めてしまう。

それは何故かと言うと簡単だから。だって見えるもん。

しかしそこに落とし穴がある。

鍼灸技術も同じかなと思う。

例えば切皮痛。

こういう方法なら痛みが出ないのではと考える。でもそれでは痛みは出ると思う。

何故痛みが出るのかな?それは簡単、金属が皮膚を通過するから。

技術とかで痛みを防げると考えるうちはまだ痛みが出るのかなと思う。

もっと違う面から痛みを考えることが必要かな。型にとらわれずに考える。

型は思考錯誤の結果と考えれば見えそうですね。

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訓練

最近の流行りは見た瞬間に答えを出す事。

とにかく後回しにせず、その瞬間に何が考えられるのかを出す事。

短い間に、深く考えられないかと言う事です。

これが意外と難しい。

じっくりあとで考えるのが一般的ですが、その瞬間に答えを出す事。

これは自分の意見を述べる・逃げない訓練にもなりますな。

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自分を守るな、患者を守れ

「自分を守るな、患者を守れ」

河村先生がよく言う言葉です。

最近この言葉の意味が少しずつわかってきたような気がします。

僕らは知らない間に自分を守ります。

嫌われたくない、恥かきたくない、間違いたくない・・・・

それは無意識に起こっています。

でもね、やることは一つなんです。患者さんを守る事なんです。

それが優しさです。

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反応点サークル

今日は反応点サークルでした。

1年生は4人程のグループ自分が反応が出ていると思う所にペンで囲ってもらいました。

最初は訳が分らずやっていたようですが、次第に自分がおかしいと感じる部分と他人がおかしいと感じる部分が一致してきます。

こうすれば感覚を形として示す事が出来ますね。

そこにはりをして、皮膚が変化していくのを感じてもらいます。

だんだんと何かを感じるようになって来るようです。

最後の方には「あっ ここおかしい!」と声に出す人までいました。

最初の一歩です。

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居場所

出来る限り自分が一番下になるような場所にいようと思っています。

一番しんどい場所にです。

それが一番勉強になります。

少ししんどいけど。

えてして自分の楽な人と、楽な場所にと求めたがりますがそれで良いのか疑問に思います。

ある一定の段階に行くと人間は自分が出来るようになったと勘違いするようです。

そうならない一番簡単な方法です。

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学生臨床

今日は学生臨床でした。

学生臨床のよいところは自分の思い込みに気付く所だと最近感じます。

患者さんはやはり正直です。学生だからと遠慮してくれているのは分りますが、言葉の端々に何かを感じます。

それに気付く事が自分に気づく事と繋がる気がします。

そして、何故はりが効くのか?

身体の仕組みはどうなっているのか?

そんなことをずっと考えます。

はりの行為は非常に単純と思います。しかしながら人間の身体は複雑です。だからたくさんの事実と仮説があると思います。

そこに興味が有ります。そして世の中の困っている人に対する可能性があると思います。

もっともっと深く知りたいと思っています。

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メタボ犬

週末にこてつが来ていました。

どうも様子がおかしい?

少し動いただけでハアハアハア・・・・

息切れします。

0・3kg太ったようです。たった0.3kgと思ったのですが体重が2.9kgなので約10%の増加。

そりゃ大変やわ。

心臓の反応が出ていました。ローラーをジュリジュリしてやると少し落ち着いたように思いました。

理由を聞くとおやつの食べすぎ。よー食べますわ

しつけの問題ですね。

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京大

面白いね京大は。

インフルエンザ騒ぎの中、休講の必要はないと授業してましたね。

むしろ、弱毒性のうちにかかっておくべきとしてました。

やっぱり面白い学校やね。

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違いを考える

ずっと真似をしていきます。

しかしある時、同じにならない事に気づきます。それでも真似をしていきます。

また気付きます。この繰り返し。

違いを考えなくてはいけませんなあ。

人間の身体は同じではありません。手の長さ、指の長さ、腕の重さ・・・・

同じにならない理由を考えるのではなく、違う理由を考えていく。

そんな考えが必要なようです。

書道の練習があります。手本を見て文字を書きます。良く似ているけど一緒にはなりません。

この違いを考えるのが楽しいのです。

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平等とは

先週高校のテニス部のOB会がありました。

昨日同期の奴と話していて面白かった。

僕達の世代は顧問が厳しく、強いものが偉く、強いものは優遇する。その方針でした。

ですので強い奴がいつもコートに入る事ができます。つまりより強くなります。反対に弱い奴はなかなかコートに入る事が出来ないと言う訳です。

当時はそれが当たり前だと思っていました。そして「えこひいきやなあ」とも言っていたのを思い出します。

今顧問の先生と同じ年位になって感じるのは「先生はこう言う事がいいたかったんか」と言うことです。

つまり、自分の努力でしか掴めないものがある、その為には厳しい事が必要であるし、また厳しい現実も存在する。社会とはそういうものであり、その中で生きていく為には何が必要か?

それを考えてほしかったのだと思います。

当時はその顧問が大嫌いで、いつも影で悪口ばっかりを言っていましたが今思えば恥ずかしい限りです。。。。

今はこうしてテニスを続ける事も出来ています。その当時の得たものが大きかったのでしょう。当時の先輩・同期・後輩とも未だ仲良く遊んでいます。

今は平等は誰もが同じ権利を有する事と解釈されがちです。しかし個々の能力は異なります。

平等とは個人の能力・努力・結果を客観的に正しく評価する事だと思います。結果に差があるのは当たり前の事です。一番言いにくい事をはっきりと言う事、それが思いやりではないでしょうか?それをどう捕らえるかは個人の責任と判断だと考えます。

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