今年の課題
友人からの年賀状にありました。
「毎日出来る事をコツコツ頑張ります。」
その通りだと思いました。
本年も頑張りますのでどうぞ宜しくお願い致します。
本年も一年読んで頂きありがとうございました。
色々な事を考える日が続きました。
来年は、世の中がもう少し良くなって、みんなの生活が良くなればと思います。
その為に、精一杯、あたまとからだとこころを使って生きたいと思います。
阿久根市 竹原信一市長のブログ 「住民至上主義」より。日本の縮図がここにあるのではないでしょうか。是非読んで欲しい内容が続いています。
2009/12/24 (木) 生死は一体
生と死は一体である。生は死があることで存在し、死は生によってこそ定義できる。光と影と言ったり、氷山の大部分が水中にある状態にも例える事ができる。
また、生と死は物体ではなく「現象」である。「生」すなわち「いのち」は物ではない。「かけがえのない命」などという「物」は存在しない。
なぜあたりまえの生と死の事が大騒ぎになるのか、大騒ぎする事で利益を確保したい人が居るからだろう。
また、ひらがなの「いのち」と漢字の「命」には異なる意味があることに気づいていない、あるいは気づきたくない人々もいる。
ひらがなで与える「いのち」は単純に息をしている状態をあらわす。日本人の和言葉の世界。死ぬことを「息をひきとる」と言う。
一方、漢字の「命」は命令によって授けられた権利をあらわす。中国での大衆支配を目的にした言葉だ。しがみつかなければ失われる権利の世界。
つまり、ひらがなでの「いのち」を感じている人と、漢字の「命」を掲げる人とは別のテーマと意図を持って議論をしている事になる。世界観も異なるのでかみ合うわけがない。
私は「ひらがな」で存在する生と死の状態を愛あるものにするために、狭い了見と漢字思考によって構造化した社会を矯正させようとしている。
先日腕時計が治ってきました。
もう古い時計で、30年ぐらい前のものです。形見なので使っています。
突然、秒針が遅れ始めました。最初はまあいいかと思っていたのですが、あまりにも使いにくいので修理をと。
さて、最初は三宮の大きな時計屋に行きました。店の人に、「これもう治らんよ」と言われ、別の物を進められました。
2点目は、鈴蘭台にあるしなびた時計屋、ここならと思ったのですが「これはあかんわ」とあっさりと。
もうあかんわと思っていたのですが、近くのモールにある時計屋にだめもとで言った所、
「治りますよ。」
と言われた。時間とお金は掛かったのですがこの度帰ってまいりました。
治るとはどういうことなのか?
その人の姿勢なのかもしれません。
先日話を聞いて面白かった。
運動を行うと筋温が上がる。運動を行った後も筋温はしばらく下がらない。
静脈還流が滞っているのが原因の一つらしい。
そこで、下腿に受動的を動かしてやると、筋温は下がっていく。
しかし、能動的(自分で)動かしてやる方が筋温の降下は早い。
同じ作用で、刺激量であっても受動的と能動的とでは異なる。もの凄く面白い。
その通りだと思います。
LEE先生のブログよりhttp://blog.livedoor.jp/leeshounann/archives/51628162.html
情報操作に惑わされないようにしなければならないです。
医療情報・統計も同様だと思います。
何事にもかぎりがあります。
その根底をなすのが命には限りがあること。
生きているうちはあまり気づかない事です。気付いているようだけど、認めたくない。だから、全てが永遠に続くと言う矛盾した願いを持ちます。
その為、全ての時間に何かをつめこんで、何かをするような生活をします。
しかしながら、限りがあります。
私は親父の死で気付きました。あー人の命には限りがあるんだなあ。
大切な事は何なのかといつも考えます。
養老孟史さんが良く言います「一期一会」と。
今に固執する必要はありませんが、未来に固執する事、過去に固執する事は今をおろそかにする事です。現代社会は、ウェブの時代、しかしウェブは全て過去。私が書くこの文章は今ですが、見ている時間からすると過去。ここに錯覚が生じます。
こう考えれば、現代は、現在と過去と未来が混沌として現れた初めての時代なのでしょう。だから、迷い・軋轢・ストレス・悩み・矛盾・昏迷が生じます。
限りある事をどう考えるのか?
これで人生の質が決まると考えています。
全て知る事が楽しいわけではないと思う。
3つある内の2つは知って、残りの一つを想像する事が楽しい。
何んでかと言うと、3つの内、3つ共が正しくない場合もあるから。
そうであるならば、残りの一つを想像してみて、矛盾が生じないようであれば全て正しいと思われる(あくまでも)。
だから、知る事よりも、考える事の方が楽しい。
うめはちに新作が出ました。
これは上手い。
こんなうどん食べた事ない。
あったかいうどんを、あったかいだしにつけて食べる。
お肉、白菜、たまご、そして隠し味の具、だしはかつおたっぷり、ごまが効いている。こくがあるけど、さっぱりしているとはこういうことなのかと。
最後は、そばつゆならぬ、うどんつゆでしめる。
職人のあたたかい思いと熱意がつまっているようです。
今は大学院生になっている後輩に会った。
昔、彼のラケットを借りたら「必死」と書いてあるのを見て驚いた事を思い出した。
とても上手で、皆から憧れられていた彼だけど「必死」だった。
生活が豊かになった影響か、今は要領良く、効率良くと考える。
何かおかしい?
きれい事だけじゃ前へは進めないけど、不器用さの中に熱意が見える。
そして、最初の頃はとにかく必死だった。だから、目的もはっきりしていた。
とても大切な事だと思うけど、みんな忘れてしまいがちな事。
もっと必死にありたい。
2009年4月22日記事改変
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反応点サークルが終了しました。
3年生は、毎年忘年会で引退して交代します。
さしでがましいようですが、自分なりに一生懸命頑張ってきたつもりです。やって本当に良かったなと感じています。
とても嬉しいも物を頂きました。
河村先生からの色紙です。
この言葉の意味をこれから先ずっと考えていこうと思います。
次は女性の部長です。どうやって人を引っ張っていくのか?大変でしょうが頑張ってください。大変な分、得るものは大きいと思います。
最後になりましたが、河村先生・諸先輩方・2年生・1年生のみなさんありがとうござました。
そして、同級生の森川さん・高垣さん・山西さん・瀧本さん・杉村さん、いつも助けて頂きありがとうございました。
こてつ(実家の犬)が膝の上に乗ってきた。とても暖かい。しかし、背中の部分はそうでもない。
つまり毛があるから。どうして犬のお腹の部分には毛がないのだろうか?
身体は合理的に作られる。おなか部分が無毛、背中以外の部分が有毛であれば、様々な環境に対応し易い。
例えば、熱い時はお腹を地面につければ、熱は放散される。反対に、寒い時は身体を丸めてお腹を隠せば、体温は保たれる。
翻ってヒトを考えた場合、発汗と言う強力な体温調整システムがある(平田構造著 「体温」)。その為、全身の体温調節は大きな範囲で可能となる。
これがヒトの優れている部分。他の動物と異なる部分。面白いよなあ。
テレビをつけたら、笑っていいともがやっていた。
テレホンショッキングのゲストは、石原慎太郎都知事。
紹介者は、森田健作千葉県知事。。。フジテレビはこっちよりなのか。
うーん、なんでもありだなあ。
案の定、白々しいシナリオで、オリンピック誘致の正当性を語る。でも、会場はしらけた雰囲気。
こんな事して、挽回が出来ると思っているのだろうか?
なんで政治家が必要なのかなと考えたら、僕達は政治を出来る程専門でもないので、知識・頭脳を有する優れた専門家に代わりに頑張ってもらう。その為の政治家であり、選挙。
石原慎太郎なんて昔はかっこよかったのに、人間自分の保身に走ると駄目になると改めて考えさせられました。(もとからあかんかったのかも)
東京アクアライン(石原⇔森田)はろくなもんじゃない。
先週に引き続きチラシ配りを行った。
場所は前回と異なり、阪急六甲周辺。
場所が違えば、人も違う。まさにその通りだった。
どうすれば、人は止まってくれるのか?
どうすれば、興味をもって話を聞いてくれるのか?
そんな事を考えながら。
もう少し考えると、チラシってなんだろう?
等考えた。
チラシは一つの行動であって、大切なのはその結果何が見えるのか?のような気がする。
チラシ配りはプラスの面ばかりではない、マイナスの面もある。マイナスの面の原因を考える事も大切だ。
寒い中、ご苦労様でした。
何で盲点や見落としが出来るのかを考える。
そうすると、いつもその原因には出会っているのではないかと思う。
しかし、それらはちょっと頑張れば飛び越えることが出来る。
その為、無視をしてしまう。
その結果、盲点が出来る。
しかし、飛び越えれない事が起きた時、以前それが見落としてあった事に気付く。
大事なのは視点だと思う。
カメラ好きの知人が
「いい写真はきれいな写真でなくて、ここを視て欲しい、それが伝わる写真」
と言っていた。
どこを視るか?
物を解釈する時、どうしても一般的な解釈をしてしまう。
しかし、矛盾の生じる事、説明がつなかい現象に対してどう考えるか?
どんな視点を持つか?これが全てだと思う。
反応点サークルの活動でチラシ配りを行った。
目的は、どのようなチラシの形態が実際に効果があるのか?その統計を取ること。
つらさによる違い
配布場所による違い
配布する男女による違い
チラシの表現方法による違い等・・・・
その結果、効率的な方法は何であるのかを検討したい。
寒い中手伝って頂いた方、ご苦労様でした。
最近仲間内でやっているのが
「ケチの付け合い」
自分の考えた事、治療、話を見てもらいケチをつける。
僕は短気なので、今も時々、ムッとくる事がある。
しかし、お陰で自分の気づかない点が分かる。その結果、より良くなる。ありがたいと思う。
「善意からの批判」。
。
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ブラウザをグーグルクロームに変えた。
あまりの速さに驚いたけど、もっと驚いたのはその快適さ。
操作が、シンプルでわかりやすく、迷うことがない。
直感で動いていくようなイメージ。
この人達の頭の中はどうなっているのだろうか?覗いてみたい。。。
結局の所、つきつめていくと物事は単純になっていくのだと思う。無駄のないものは非常に美しい。
最近、HPやブログを良く見るが、シンプルさに着目すると大きな違いがある事に気づく。頭の中の整理の違いなのか知れない。
グーグルクロームの唯一の弱点は、ココログ(このブログのプロバイダー)との相性が悪い。というよりも、ココログがこの2年ほど、使い易くもなっていない。サボっている。
ぼちぼち引越しを考える。
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チャレンジには二つあると思います。
結果が見えるもの、結果が見えないもの。
出来れば結果が見えるのがいいんだけどね。
結果の見えないチャレンジをしなくてはいけない。結果の見えるチャレンジとは違って、何が起こるかわからない。
つまり、想像外の事に出会う可能性がある。これがワクワクする。
世の中は安全に・そして確実にを選ぶ。それが正しい生き方であり、また奨励されている。
ゴールの見えないチャレンジもまた楽しい。
そして、そこに希望がある。
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汗と言うのは非常に不思議なもので、体温調節の最も重要な役割を演じています。
昔はセットポイントが体温調節の中心であると言われていたのですが、最近は各効果器毎に独立したモジュールがあって、それにより体温が調整されている事が分かって来ているようで面白い。
汗が何故出るのか?どう調節されているのか?まだまだ分からない世界のようです。挑戦している人は凄いなと思います。
そして人間の身体の凄さに驚きます。
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